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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)205号 判決 1962年12月06日

控訴人 国分金吾

被控訴人 光亜証券株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張証拠の提出授用認否は、

控訴人の方で、

控訴人が被控訴人に対して被控訴人主張のとおり株式の買付及び売却を委託し、これに基き被控訴人が証券取引所の会員たる証券業者としてその主張の株式の売買を締結したこと並びに右に関する計算関係が被控訴人主張の数額のものとなることはいずれもこれを認める。しかしながら右の委託による株式の売買は通常「現物マージン取引」の名で呼ばれている取引方式であつて、この方式は被控訴人主張の当時においては昭和二八年に施行せられた大蔵省令第七五号により禁止せられていた取引方法であつた。同令第八条第二項は「証券業者はその顧客が対当売買を行う場合において当該対当売買を行つたことにより利益計算となる額に相当する金銭又は有価証券を当該顧客に対し当該売買及び当該対当売買の受渡終了前に交付し又は第三条の規定により保証金として預託をうけるべき金銭の額に充当してはならない。」と定め同令第九条は「証券業者は顧客が信用取引を行うことを有価証券の売買の注文と同時に明示しない取引については、当該顧客が当該取引による買付又は売付に係る有価証券についてこれと対当する有価証券の売付又は買付によりこれを決済する取引を行つてはならない。」と規定せられている。そこで大阪証券取引所は右規定の趣旨に従い証券業者の取引につき規制措置を設け買注文の場合には買値相当金額の全額を、売注文の場合には売却の目的たる株式の現物を各提供せしむべきことを定めていたのであり、証券業者の多くは各その店頭に右取扱基準を公告していたのである。ところで被控訴人は控訴人から買付代金の提供を受けないで控訴人の注文のままに被控訴人主張の売買をしたのであるから右取引はすべて右禁止に違反し無効である。したがつて被控訴人は控訴人に対し適法にその主張の株式取引不足金の支払を請求すべき権利を有するものではなく本訴請求は失当である。

立証<省略>

と述べ、

被控訴人の方で、

被控訴人主張の本件取引は控訴人のいうその形式がいわゆる現物マージン取引として昭和二八年大蔵省令第七五号に違反するような取引ではない。本件取引当時においてもまたそれ以後においても証券取引所における株式取引にあつては現物マージンという取引形式の実際において行なわれることは皆無であり、株式取引を規制する法規においても現物マージンという取引形式の存在を予定する規定も存しない。現物マージンというのは証券市場を悪用し正規の株式取引をなすに足りる資金も有しないのに後記のように証券業者を欺罔して利得を図る違法脱法行為の一種を事実上このように呼ぶのである。証券取引の正当な方式としては信用取引と現物取引の二種である。この内現物取引というのは次のような内容の取引である。

株式の買得を希望して客が証券業者に買注文をする場合には注文者は予め株式現物を引取り得るに足りる代金相当額の資金を準備したうえで右注文をなすべく、手持株式の売却を希望して客が証券業者に売注文をする場合には注文者は必ず売却により引渡すべき株式現物を準備したうえで右注文をなし、右注文内容に応ずる売買が成立すれば以後四日目に現金引換えに当該株式の授受をなすべきものとせられ、右の四日の期間中に反対売買をして差金の授受をなすことはできないものとせられている取引である。この取引については注文者から証券業者に対して予め保証金又はその代用証券の差入れをする必要はなく、証券業者が任意当該注文者を信用して受託する取引である。

以上のような内容のものとして現物取引においては、証券業者としては唯注文者から買付株式の代金たる現金を受け取つて株式を引渡すか、売注文の場合ならば注文者から目的物である株式現物の引渡を受けると共にその代金たる現金を同人に支払うというだけであるから右取引自体による注文者の利得とか損失の生ずる余地はなく、証券業者としても右取引の手数料の支払を受けるだけで注文者との取引関係は終了する。

ところが株式の売買成立に伴う代金と株式現物の引換え給付につき前記のように四日の期間の存するのを悪用して、代金に充てるべき現金や売却すべき株式現物を有しないのに拘らずその準備をしているかのように仮装し証券業者に株式売買の注文をして売買が成立すればその株式相場の以後四日間の高低に従い利益を生ずべき場合には他の証券業者に右株式を売却し同証券業者をして先の証券業者に対して代金相当額の現金を支出し若くは当該株式の現物を交付せしめその差額金を利得し、株式相場の変動により損失となる場合には注文に従いなすべき代金若しくは株式現物の授受を逃避し因つて右損失を、注文を受けた証券業者をして負担するのほかない結果に帰せしめる事例が存しこれを現物マージンと称するのである。本件買注文は控訴人としては右のような不当な意図のもとになされたものとしても被控訴人はその情を知らず、控訴人と通謀して右にいわゆる現物マージンによる差金取引をしたものではないから無効の取引ではない。被控訴人のみならず証券業者は一般にその営業上現金と株式現物の授受を伴わないいわゆる差金取引をすることはない。したがつて若し株式売買委託をした顧客が、右委託に基いて当該証券業者が成立せしめた売買について現金を授受して取引を実行することを怠るときはその証券業者としてはその株式の反対売買をして処理するほかないのである。昭和三五年九月三日以降控訴人と被控訴人の間において行なわれた取引はすべて控訴人の買注文によるものであるが、控訴人は買付委託した株式の価格が買付後に値上りすればその都度これを他の証券業者に転売し、その買受をした証券業者に現金を準備携帯させて被控訴人の店舗に控訴人と同行せしめ右現金の授受をなすによつて控訴人と被控訴人との取引を実行し、買付株式の価格が下落し直ちに転売しても自己の支払うべき買付価格全額に満つる金額を得ることができない場合は取引を実行終結することなく放置していたのである。被控訴人主張の取引関係も以上のように控訴人が買注文しながら買付成立後の価格の下落に因り控訴人において取引を実行せず放置した場合に該当するものである。控訴人の主張は理由がない。<立証省略>

と述べた、

外原判決事実記載と同一であるからこれを引用する。

理由

被控訴人がその本店は東京証券取引所の、大阪支店は大阪証券取引所の、各会員となつている証券業者であること並びに控訴人より被控訴人に対する有価証券市場における株式の買付若しくは売付の委託に基く取引に関する被控訴人の主張事実及び被控訴人主張の計算関係はすべて控訴人の認めるところである。

そして当事者間に争のない右事実(その株式の売買取引を以下本件取引と称する)によれば、本件取引が、その中被控訴人主張の日本電機株式会社株式一万株の買付売付の取引を除き、いずれもその売買成立の日から起算して四日目の日を決済期日と定めたいわゆる普通取引であつて発行日取引に該当せず、したがつて控訴人主張の昭和二八年大蔵省令第七五号(証券取引法第四九条に規定する取引及びその保証金に関する省令)第八条第二項所定の対当売買を行う場合に該当しないものであることは同令第一条二項及び四項の規定に照らして明らかであり、また同令第九条にいう「顧客が信用取引を行うことを有価証券の売買の注文と同時に明示しない取引」であることも同令第一条第一項に掲げる信用取引の定義に徴し容易に肯認し得るところであるけれども、当該顧客たる控訴人の味の素株式会社株式三、〇〇〇株並びに日本軽金属株式会社株式一万株の買付委託による取引につき、被控訴人がその対当株式である味の素の株式三、〇〇〇株並びに日本軽金属の株式一万株の各売付による決済をしたものでなく、また控訴人の味の素株式三、〇〇〇株並びに日本軽金属株式一万株の各売付委託による取引につき、被控訴人が各対当株式の買付によりこれを決済したものでもなくして、右株式の各買取引並びに売取引はそれぞれその都度控訴人が顧客として被控訴人に対してなした新規の買若しくは売の注文により各別個の取引として買付若しくは売付をしたものであることが明らかであつて同令第九条の禁止に違背するものと認めることを得ない。また当事者間に争がない前記事実関係によれば、控訴人の注文にかかる日本電機の株式一万株の買付並びに売付がいずれも前記の普通取引であつて、前記省令第八条第二項所定の対当売買を行う場合に該当しないものであることは、同令第一条二項及び四項の規定に照らして明らかである。

そこで次に右日本電機の株式一万株の買付とその売付との関係が果して同令第九条に違反するものというべきか否かにつき考察する。

成立に争のない甲第一乃至第四号証と当審における証人渕山虎夫の証言によれば、右日本電機の株式一万株については、被控訴人において控訴人の買注文によつてその売買を成立せしめたに拘らず、控訴人が所定の四日目の日になすべき決済を遅滞したので被控訴人の大阪支店中央市場営業所主任渕山虎夫は控訴人に面接若しくは電話をして再三株式現物と買付代金相当額の現金との引換えによる決済を履行するよう催促したが、控訴人は猶予を乞うばかりではなお決済に応じなかつたので、昭和三五年四月四日に至り口頭で控訴人に対し、同月七日の午前中までに右決済をしないときは右株式一万株をその時の価格で売付け、右代金額が先の買代金の額に満たないときはその差額の支払を別途控訴人に対して請求する旨申し入れたこと、大阪証券取引所の会員たる証券業者の間においては、顧客の株式等の売買委託に関する取引業務上顧客が普通取引の方法による株式買付の注文をし、これに基き買付が成立したに拘らず爾後四日目の日において現金を当該証券業者に支払い引換えに当該買付株式現物の引渡を受ける方式による決済を遅滞し、その後相当期間の猶予を与えてもなお決済をしないときは、更に期限を定めて決済を催告するとともに決済しない場合には当該買付株式を顧客の計算において売却する旨予告し、右期限を徒過したときは当該顧客から右株式の新規の売付委託があつたものとして反対売却しその代価と先行する買付の代金額とを差引計算し、右反対売却による代金額が買付値段に満たないときはその差額を反対売却の手数料とともに当該顧客に請求し、その支払を受けて先の買付取引関係を終結するという事実たる商慣習の存すること、並びに被控訴人は渕山虎夫の前記申し入れに加えて更に同月五日に至り、控訴人に対する同日付の書留内容証明郵便をもつて前記申し入れと同旨の催告及び控訴人が催告に応じないときは右日本電機の株式の買付取引につき前記説明の慣行通りの決済方式によるべき旨の通告を発し、右通告は同月七日午前中までには控訴人に到達したと認められるに拘らず、控訴人は渕山虎夫の前記申し入れ及び右書面の通告の内容に対して格別の異議を述べなかつたことが認められ、当審における控訴人本人尋問の結果中右認定と牴触する趣旨の供述部分は措信し得ず他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。また証人渕山虎夫の前記証言と当審における控訴人本人尋問の結果(前記信用しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は昭和二二年頃から二、三年間に証券業者に株式取引の委託をした経験があり、また被控訴人との間においては本件取引以前にすでに昭和三五年三月中頃から株式買付委託の取引を反覆していたことが認められる。そして以上に認定した事実を綜合するときは、買付けた前記日本電機の株式一万株の爾後の処置については控訴人においても右慣習による意思であつたものと認めるのが相当であつて、これを反対に解すべき証拠はない。しかも右慣習の内容をなす慣行的取扱の内容は、前記説明のとおり顧客の証券業者に対する株式等売付注文の成立に関するものであつて、これを公序良俗に反する事項を内容とするものであるとは認められない。したがつて右慣行上の処理方法として被控訴人のなした右株式の売付は、味の素株式等他の株式の前記売買の場合に同じく、なおこれを控訴人の意思による新規の売付委託に基く取引と解すべきものであつて、控訴人の買付委託を受けて被控訴人が現に売買を成立せしめた日本電機の株式一万株につき、被控訴人がその単独の意思に基き右買付取引の決済方法として対当株式の反対売却を行つたものではないというべきであるから、右反対売却も亦これをもつて前記省令第九条の禁止に違背するものということを得ない。

そうすると控訴人の抗弁は理由がなく、控訴人は被控訴人に対して本件取引による不足金として合計金一四三万三、三八八円並びにこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三五年六月二八日以降右完済まで年六分の商事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務があることは明らかであつて、これと同旨の原判決は正当で本件控訴は理由がないから民訴法第三八四条によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)

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